突然ですが、私はどう考えても以下の記事の筆者の言うところの、「若者の味方おじさん」でしょうね。
就活生を悩ませる、おじさんたちの「個性」「人間力」という言葉 (1/3) – ITmedia ビジネスオンライン
さて、この時期は意識高い系ウォッチャーとして、たまらないシーズンである。SNS上で意識高く就活生にエールを送る「若者応援おじさん」や、就活や新卒一括採用を批判する「若者の味方おじさん」が跋扈(ばっこ)するからだ。前者は、まだかわいらしい。セルフブランディングのためにやっているのだろう。ただ、後者は罪である。若者を何も救わないからだ。
「若者の味方おじさん」は「罪」であり、「若者を何も救わない」などと言われるのはちょっと心外です(笑)
実際のところ、若者の味方をしているつもりはないのですが・・・
頭の天辺からつま先まで「決まり」がある日本
上のITmedia ビジネスオンラインの記事の一部を紹介しましょう。
今年も就活生からこんな質問をいただいた。
「画一的なリクルートスーツで、個性を表現することができるのでしょうか?」
学生に限らず、日本の就活、新卒一括採用に疑問を抱いている者が必ずと言っていいほど批判するのが、リクルートスーツだ。ある時期に一斉に同じような格好で就活を始める日本の光景は異常だと言われる。
しかし、だ。こういう批判論者は、リクルートスーツや就活、新卒一括採用といった「仮想敵」を設定することによって、ストレスを発散しているのではないかと思ってしまう。このような学生に、こう質問したら、固まってしまうのではないだろうか。
「リクルートスーツがなくなった瞬間に見える、あなたの個性とは何ですか?」
批判論者は、自分は素晴らしい個性の持ち主だと信じているのに違いない。しかし、逆にリクルートスーツがなくなった時に発揮される個性とは何なのだろうか。私服選考で落ちた時にはどうするのか。かえって自分を責めることになってしまう。
私は以前の記事( 「社会人としての常識、マナー」に縛られる日本人と自由なオーストラリア人 )で、ある会社の入社式の写真を掲載して、「こんな同じような恰好ばかりの集団は気持ち悪いし、何かがおかしい」と指摘しました。
もう一度写真を載せておきます↓
ただ、私は、「個性が表現できないから」リクルートスーツに反対しているわけではありません。
服飾デザイナーのコンクールでもあるまいし、個性的な私服で面接をして、それを評価基準にするというのもおかしな話だと思います。
私が日本の就活で異常だと感じる理由は、スーツから始まり、ジャケット、ネクタイ、靴、靴下、鞄、果ては腕時計まで、それぞれ「無難」とされる色や種類が細かく決まっているという事です。
例えば、以下のサイトを見ると、鼻毛や爪の長さにまで言及しています。
就活面接のマナー》入室・就職・服装コート・髪型・新卒・転職・アルバイト
オーストラリアでは
オーストラリアでは、面接時にチェックされるのはあくまでもその人の「能力」であり、その企業がその人の能力を欲しいと思うかどうかです。
私は前の会社の面接のときは普通にスーツを着ていきましたが、日本のような細々とした暗黙のルールは無いので自分の好きなものを組み合わせて行きました。
会社は私の能力が欲しいと思ったから採用したわけであって、例えその時の私の靴下が白だろうと、腕時計が安物のデジタルだろうと、鞄が真っ赤であろうとやっぱり採用されていたと思います。
ちなみに、私の元同僚は面接は私服で行ったらしいですが、ちゃんと採用されました。
理由は彼が会社が求めている学位を持っていて、能力があると認めたからです。
もちろん、オーストラリアでも「最低限のライン」はあると思うので、オフィスワークの仕事の面接にTシャツ、短パン、ビーチサンダルで行ったらさすがにちょっとまずいかもしれません。
もしかしたら会社によってはそれでも採用されるかもしれませんが・・・(笑)
服装で個性を発揮する必要は無い
私は会社に採用されるために服装で個性を発揮する必要はないと思います。
でも、「マナー」から外れないようにするために異常なまでに細かいことまで気を使わなければならないというのは、どうもおかしなことです。
どこかの誰かが決めた日本の就活マナーから一か所たりとも逸脱しないことに汲々とし、間違った服装をして「周りから浮かないようにする」ことに執着しなければならない現状はおかしくないでしょうか?
そして、気持ちが悪いほどみんな同じ格好をし、自分の服装が周りと異なる箇所があると「しまった」となる。
新卒採用だけではなく、中途採用の面接にしても同じようなものです。
例えば、「『面接には自由な服装でお越しください』などと言われるとどのような服装で行くべきか迷う」というのは比較的よく目にする話題です。
以下の記事で紹介されているのがその一つの例です。
「自由な服装でお越しください」はトラップ!面接にはスーツのみ! | 30代ニート・フリーターに「正社員転職は無理」とかマジ迷信ですw
面接の段取りが決まると「服装は自由に」「ラフな格好で」と言われる事があります。
一聞すると、「気軽な感じで面接に来てね」と温かく相手側から言われているように思いますがストップです。
とはいっても、本当に服装自由で行ってもいいのですが・・採用は最悪の場合、無くなると思っておいて下さい。
「え?そんなわけないでしょ?」と思われる方もいると思いますが、意外と「世の中の自由には嘘がある」と見抜かねばなりません。
~(中略)~
その日の面接を担当したオッサン副主任がこう言います。
「服装自由を本気で受け取るとはマナー知らずだなぁ。。」
聞いてびっくりしましたね。もういつの時代の話なのかと。
もうここまで来ると、「騙し合いゲーム」です。
「服装は自由」と言う言葉を真に受けるなんてマナーがなってないって・・・
それなら最初から服装について何も言わなければいいだけの話です。
そうしたら大概の人はスーツで来るでしょう。
わざわざ「服装は自由」と言っておいて、その通りにした人を落とすとか、もう理解不能です。
まあ、いずれにしてもこんな会社には入らないほうが幸せでしょう。
人事が服装に惑わされずに人物を見極められれば済む話
冒頭でも言いましたが、私は特に、「若者の味方」をしたいというわけではありません。
単に、こういった異常に細かいルールやマナー、さらには常識を試すための引っかけのテストなどがある日本の疲れる習慣にウンザリし、変わって欲しいと思っているだけなのです。
恐らく、これらの細かいルールや決まり事は誰も幸せにしていません。
冒頭で紹介したITmedia ビジネスオンラインの記事によれば、「学生のことを理解するために人事が研修を受けるなど、並々ならぬ努力をしている。」らしいですが、それならば学生たちがマナーに縛られて服装をここまで完全に同じにする必要も無いはずです。
なぜなら、例え学生たちがもう少し自由な恰好をしてきたとしても、面接官は服装などに惑わされず、その人物の中身をきちんと理解できるはずだからです。
オーストラリアの面接官は、例え私服で面接に来る人がいてもきちんと評価して、会社に有益な人を採用することが出来ています。
日本の面接官に同じことができないはずはないでしょう。
結局のところ、「スーツはこの色にしなさい」とか「靴はこれが無難」などという細かい決まりごとがあることが一番の原因なわけですが。
「服装マナー」だけでなく日本のビジネスには様々なマナーがあります。
電話のマナーもその一つで、新卒の時に苦労した人は多いのではないでしょうか?
「最近の若者は携帯を使っているから電話のマナーがなってない」なんて言われますが、実は携帯の普及と「最近の若者の電話のマナー」はあまり関係ありません。
もっと知りたい人は以下の記事を読んでください。
>>【面倒で無駄なマナーに振り回される日本人】新卒が電話応対が苦手なのは携帯の普及のせいか?