「人生のレールから外れよ」というアドバイスが無責任?本当のリスクを教えましょう

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先日ネットで「人生のレールから外れることを勧めることは無責任」だという意見を見ました。

曰く、

  • レールを外れて成功する人はほんの一握り
  • もし失敗したらその先ずっと不安定で低収入の可能性がある
  • 人と違うことをすることが価値を生み出すわけではない

そして、「これらのようなリスクを指摘せずに人生のレールを外るのが良いと勧めるのは無責任」だと言う意見です。

影響については誰でも考える

確かに人生のレールを外れることに関してポジティブに書いている人はこれらのような「リスク」については書いていないかもしれません。

例えば私の以前の記事(将来のために今苦労するべき?「今幸せに感じること」をするべき理由とは?)において、「他人が決めたレールに乗り続けることの意味の無さ」について書いていますが、レールを外れることに伴う様々な影響(私はリスクとは思わないのでここでは「影響」と呼ぶことにします)については書いていません。

しかし、「そこまでわざわざ言ってあげないと自分の人生に与えられる影響について気づきも考えもしない人っているの?」というのが私の正直な感想です。

そもそも、「違う業種に転職したい」「起業したい」「海外で仕事や生活をしたい」と考えている人が、その行動に伴って当然出てくるであろう影響を全く考えずに行動することはまずないと思います。

「レールを外れることを勧めるのならばリスクについても説明するべき」という意見の人は一体、どこまで手取り足取り教えてもらえれば満足するのでしょうか?

例えば、「海外に行ったら知らない人に安易に着いて行ってはいけませんよ」「夜はできるだけ一人で出歩くのはやめましょう」ということも教えてあげるべきでしょうか?

もし海外で仕事をしてみたいと言うのなら、普通の人ならば現地の生活のことや仕事のことなど自分でネットで色々と調べたりするでしょうし、また知り合いに経験者がいたらその人に聞いてみたりすると思います。

起業するにしても同じことです。

レールを外れるという選択肢は往々にして、それまで勤めていた会社を辞めるということが含まれます。

レールから外れた人に対して特に厳しい日本社会においては、ほとんどの人がこのような「みんなと同じ道」から外れることに対して怖れを抱いていますから、上記のようなリスクや影響については誰でも考えることだと思います。

いきなり「よし、会社を辞めて海外に行くぞ!」と何も考えずに仕事を辞めて海外に行ってしまう人などまずいないでしょう。

人間誰しも慣れて安定した環境を捨てて新しい道に踏み出すことは不安で色々と考えるものですし、それはごく自然なことです。

私も海外移住を考え始めた時は来る日も来る日もあらゆる状況や将来起こりえる事柄について考えました。

「会社が嫌でもある程度の給料が入る今の安定した生活を捨てるのは得策なのか?」

「我慢すれば生きていくことはできる」

「現地に行って仕事が見つからなかったらどうやって生活しよう?」

などなど。

しかし、人生、何かを捨てなければ新しいものを得ることはできません。

自分から行動しない(あるいは行動できない)人は上記のような、「人生のレールを外れるのはリスク」という意見を聞いて「ほらみろ!レールから外れるなんてそんな簡単にいくはずがない。みんなと同じように生きるのが一番なのだ。」と自分を納得させる格好の言い訳とし、永久に一歩も踏み出さないのです。

リスクって何?

ところで、「レールを外れることにはリスクがある」と主張する人の言う「リスク」とは何なのでしょうか?

それは、

  • レールから外れて始めた職が前の職よりもはるかに低収入になるかもしれない
  • 一度低収入に陥ると二度と這い上がれないかもしれない
  • レールを外れたことによる人との差異が強みにはならないかもしれない
  • レールを外れた価値が認められなければ他の人との競争に勝てないかもしれない
  • 起業(レールを外れる)をすればリスクは高いが高収入になるかもしれない。対してサラリーマン(レールを外れない)は低収入だがリスクは低い。

というものです。

しかしこれらはあるとても偏った一つの価値観のみでだけ物事を判断しています。

それは、「みんなが社会で競争して成功して、他の人から認められたいと思っている」という価値観に基づいているということです。

つまりこのような意見を言う人自身、「昇進して高収入を得ること」や「昇進して高い地位を得ること」やそれによって「人に認めてもらうこと」が人生の成功であり幸せのバロメーターなのです。

そして恐らく、それ以外の道にも価値があるのだということに気付いていませんし、他の人も自分と同じ価値観であると信じて疑わないのです。

例えば、私の以前の記事(漁師とMBAビジネスマンの話から得るべき教訓とは?)で紹介したPhaさんや、そこに出演していた人達は少なくとも私から見てとても幸せそうでしたが、彼らは社会的成功や他人からの評価を気にしていたでしょうか?

しかし多くの人がこのような価値観に囚われてしまっているのは仕方のないことです。

なぜなら日本人は子供の頃から、

「まじめに勉強しなさい」

「いい大学に入りなさい」

「いい会社に入りなさい」

「昇進してたくさん稼げるようになりなさい」

「そうすれば人から羨まれる良い人生を送れますよ」

「低学歴な人達や低収入な人達を見てみなさい。ああいう人生にはなりたくないでしょう?」

などなど、学校や親から散々言われて育ってきているからです。

このような教育によって多くの日本人は周りの人と同じ人生を送ることは「多少不自由で苦しいことはあっても安全」であり、「正しいこと」であり、また、そこから外れることは「邪道」「不安定で不幸せになる可能性が大きい」ことだと教え込まれているのです。

そして、例え他の人と違う道を選択するか迷っていたとしてもそれはどこまで行っても「地位」や「財産」や「名声」など、「人からの評価」を気にすることばかりなのです。

本当に重要なことは?

本当に重要なのは、他の人とは違う道を選んででも「何かをしたい」というあなた自身の想いです。

私が海外に行く決意をしたのは、「日本のブラック会社から逃れたい」「仕事ばかりの人生はおかしい」「海外の自由な社会の中でもっと人間らしく生きて幸せになりたい」という考えからでした。

先にも書いたとおり、「このまま我慢していれば少なくとも今の安定した生活は当分保てるだろうし、食べるのに困ることもないだろう」という葛藤はありました。

しかし決して「海外で働いていたら人から尊敬される」とか「海外のほうが給料が高そうだから」とか「自分の価値を高めたいから」という考えはありませんでした。

もちろんあなたが現在の生活に対して幸せに感じているのならば、みんなが乗っているのと同じレールに乗り続けるのも良いでしょう。

しかし、「今の仕事が辛すぎる」「もっと別の道を探したい」「もっとやりたいことがある」という人にとっては、「リスク」という意味においてはその現状から動かないことの方がよほどリスクになります。

このように悩んでいて、「でもみんなと同じように生きていくのが正しいのだ」という固定観念や価値観によってそこから抜け出すことができない人がいたらそれはとても残念なことですし、そのまま生きていたところでその人が今後の人生で本当に幸せに感じることは恐らく無いでしょう。

そこで「みんなと同じ道ではない道もあるよ」と気付かせてくれる意見を聞く機会があることは私はとても良いことだと思います。

ネットが発達する前の時代だったら周りに色々な経験をした知り合いでもいない限りそのような意見を聞くことさえできませんでした。

しかし今はネットを通じて様々な経験をした人の様々な意見を知ることができます。

そして私のこのブログも含めてその他の「人生色々な選択肢がありますよ」「必ずしもみんなと同じ道に囚われる必要はありませんよ」ということを主張している人達の記事が、上記のような固定観念に囚われている人達に対して「全く別の考え方」や「全く別の価値観」を発見するきっかけを与えるものであれば良いと思っています。

そしてその「気付き」を元にしてさらに何かを調べたりどう行動するかを決めるのは個々人の自由なのです。

あなた自身の本物の価値観とレール

元々、人はそれぞれ別々の価値観を持っているはずです。

例えば、「お金が全て。たくさん働いてお金を稼ぎたい」と心から思っている人はいるでしょうし、逆に「お金はそれほど重要ではない。あくせく働くより家族と一緒の時間を大切にしたい」という人もいるでしょう。

また、「人から認められることが何よりも大事」と心から思っている人もいればそうではない人もいるわけです。

しかし人それぞれ違うはずの価値観は、教育や社会によって「良い学校に行くこと」や「昇進して高給を貰うこと」や「人から認められること」が一番重要であるという価値観で覆い隠されています。

そして、みんなが「自分本来のものとは違う価値観に沿った唯一のレール」の上を走ることに専念し、そこから外れて「他人が決めた価値観=富や名声や人からの賞賛」を失うことはリスクだと信じて疑わなくなっているのです。

「社会的成功」が人生で何よりも重要な人にとっては、現在の「みんなと同じレール」を外れることによってその成功の可能性を失うことは大きな問題でありリスクでしょう。

しかし、そのようなことに価値を見出さない人にとってはそれを失うことはリスクでも何でもないわけです。

ですから理想的にはみんながそれぞれ価値があると思うものを認識してそれぞれに合ったレールを走るべきなのです。

そしてその「本来の自分の価値観に沿ったレール」に乗っている時にそこから外れることに対してこそ、そこにリスクがあるのかどうか(自分が価値を見出しているものを失う可能性があるのかどうか)を真剣に見極めるべきなのです。

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かわずん
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アンチ・ブラック企業ブロガー