無駄なビジネスマナーに振り回される日本人~新卒が電話応対が苦手なのは携帯のせいなどではない

新卒で会社に入った時に多くの人が当たる壁の一つが電話の応対だと思います。

私も日本で新卒として働き始めた時に客からの電話に出るのがとても嫌だったのを覚えています。

そもそも、入ったばかりの新人宛てにかかってくる電話などまず無いので、取る電話の殆どが外部の客または社内の他の部署からの電話の取次になるわけです。

多くの会社で先輩や上司から言われることだと思いますが、私も、「ベルが鳴ってから3回以内に取れ」とか、「他の同僚よりも早く取れるようにしろ」などと言われました。

~電話が苦手なのは携帯のせいではない~

以下の記事ではそんな新入社員が当たる壁について書かれています。

呼び出し音にビクッ…電話に出られないボクらの事情 : 深読みチャンネル : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

最近、新人研修を請け負った会社から、「時間をかけてしっかりとやってほしい」と強く頼まれるのが「電話応対」です。
以前から、新入社員が苦労して乗り越えるビジネスマナーの一つでした。それがここ数年、電話は若者にとって、ハードルどころではなく、大きく立ちはだかる壁になっているようです。

「会社で自分の前の電話が鳴り、どうしていいか分からずオロオロしてしまった」
「上司に『電話が鳴ったらすぐに出ろ』と責められ、会社に行くのが嫌になった」
なぜ、最近の若者は、オフィスでの電話応対につまずいてしまうのでしょう。
その理由は、みなさんも薄々お分かりかと思います。スマートフォンを含む携帯電話の普及とともに、固定電話の利用が減少しているためです。
最近の若者は、固定電話に慣れていないのです。生まれてからこれまで、「家に固定電話がなかった」という人も珍しくありません。

「新卒が電話応対が苦手なのは、今の若い人がみんな携帯を使うようになり、家電を使う機会が減ったから」というのはよく聞く理由です。

でも私には、こういう話題が出る度に「近頃はみんな携帯を持ってるから~」とそれが最大の理由であるかのように言われるほどは携帯が大きな理由だとは思えません。

携帯電話が普及し始めたのは私が大学生の頃で、私が初めて携帯を持ったのは大学を卒業して就職してから3年ほどしてからでした。

つまり、社会人になるまで私は電話と言えば家電と公衆電話だけで育ってきて、友達の家の電話にかけることもありましたし、かかってきた電話を家族に取り次いだりもしました。

でもやはり私は会社の電話応対は嫌いでしたし、私の同期の人達もみんな嫌そうでした。

なので、「家電があったかどうか」などというのはいかにも後からこじ付けた理由っぽく、実際にはあまり関係ない気がするのです。

これも良くある、実際には大した根拠も無い、「近頃の若者は~」的な話の一つなのではないかと思います。

~本当の原因は?~

私が想像するに、携帯が無かった頃の時代の人達もやはり入社してすぐは電話応対はスムーズにできなかったのではないかと思います。

その理由は、日本語に独特な謙譲語や尊敬語などの敬語の存在と、数々のくだらないビジネスマナーのせいでしょう。

上記の読売新聞の記事には以下のように書かれています。

 それぞれの会社や部署で、決められた電話の受け答えがあります。「はい、株式会社△△です」と会社名だけでいい場合や、「はい、営業部の▽▽です」と電話を取った本人の名前も言うようにしている場合もあるでしょう。サービス業などでは、「お電話ありがとうございます」とまず言うケースもあります。呼び出し音が3回以上鳴ってから出た場合は、「お待たせしました」を先に言うのがマナーとされています。

こうした決まった言い方の範囲でやりとりが済めば、会社での電話応対も決して難しいことではありません。

ただ、姿が見えなくても、大切な相手とのやりとりですので、どんなときも、明るく、丁寧に、はきはきと、好感を持たれる発声が求められます。声がくぐもりがちになる電話は、ともすれば、「暗い印象がする」「やる気がない」といった悪いイメージを持たれかねません。

決まり文句やら、失礼のないようにしないとならないやら、明るく丁寧にハキハキとなどということに気を取られていると、「どこの会社の何という名前の人からの電話」で、「何の部署の誰宛て」で、「要件は何なのか」などということにまで気が回らなくなってしまうわけです。

ちなみに新卒の時に私がよくやってしまっていたミスは、相手の名前を忘れてしまい、取り次いだ上司などに「名前がわからないのですが、お電話です」と言うことでした。

こういった日本のビジネス特有の挨拶や礼儀作法に慣れるにはある程度の時間が必要です。

家の電話などは、大体知り合いからかかってきて、挨拶も「あー、こんにちは」程度で済み、取り次ぐ先も数人の家族のメンバーのうちの誰かでしかありませんから、会社の電話応対とは全く違います。

~オーストラリアの会社の電話応対は?~

さて、ここで今まで私が働きてきたオーストラリアの会社ではどのように電話応対しているのかを紹介しましょう。

こちらでは一人一台ずつ電話機が机に置かれていて、それぞれに外線・内線番号が割り振られています。

つまり、自分の席の電話機にかかってくる電話は必ず自分宛であるということです。

そして、ここが重要なポイントですが、他の席の電話が鳴っていても誰も取りません

つまり、携帯電話と同じく自分専用の電話宛てのコールだけを取って、他の人の電話は取らないということです。

ではかかってきた電話に誰も出ないとどうなるかというと、携帯と同じように留守電に繋がるわけです。

「他の人の電話を近くの人が取ってあげたら、電話をかけてきたお客さんも喜ぶのでは?」などといったことは考えません。

そんなことに気を回して時間を無駄に遣うくらいならば、他の人宛ての電話など無視して自分の仕事に集中したほうが良いのです。

また、だからこそ仕事に集中できるのです。

日本ではどの部署であっても大抵、その部署にかかってきた電話を取るのは新人の役割になっていると思います。

しかし、例えば、ITの部門の新人の仕事は何でしょうか?

スキル(つまりここではIT関連)を上げて一日でも早く戦力になることが仕事ですよね?

受付のような、電話取次ぎが業務の一つである場合はともかく、電話取次ぎのスキルを上げたところでほとんど何の役にも立たないような部署で日本の社会お得意の「下積み」とばかりにそういった無駄なことをさせているわけです。

こういうのを見ると日本では社会人になっても、学校でテニス部や野球部に入った新入生が球拾いをさせられるとのほとんど同じレベルだなと感じます。

球拾いが将来テニスや野球をする時に何の役に立つのでしょうか?

欧米と比べて日本の会社の生産性が低いとか効率が悪いとよく言われますが、こういったところにも生産性の低さの原因が隠れているのです。

~無駄なマナーに振り回される日本人~

日本と比較して、くだらないビジネスマナーが少ないこともオーストラリア(恐らく欧米諸国)の特徴です。

再度、前出の読売新聞の記事から。

 電話を切るときに受話器をガチャンと置くと、相手に不快感を与えかねません。フックを静かに押さえるようにします。

最後までキチンとしたいものですね。

日本では、電話のフックを静かに押して切るとか、相手が切ったのを確認してから切るなどという「マナー」があります。

ちなみに、オーストラリアでは”Bye”と言った途端、ものすごい音を立てて受話器を置く人が結構います。

電話機に「ガシャン!」と受話器を落としている感じです。

私はオーストラリアに来たばかりの頃、そんな乱暴な動作に一々驚いていましたが、私以外の誰もそんなことを気にしている人はいないようでした。

日本ではとにかく「無駄なマナー」が多すぎます。

3回以上ベルが鳴ってから電話に出た場合には「お待たせしました」と言うとか。

電話に出る時は「お電話ありがとうございます」と言うとか。

出されたお茶には口をつけてはいけないとか。

名刺の交換方法から、もらった名刺をどこに置くべきかとか。

ちなみに、この記事の表紙の写真がご存知の通り、日本式の名刺の交換方法で、下の写真がオーストラリアも含めた欧米っぽい渡し方です。

こちらには日本のような、「お辞儀をしながら両手で受け取り、暫く相手の名刺を見る」などと言った面倒なマナーはありません。

どう渡そうと、どう受けようと全くの自由です。

ある取引相手のオーストラリア人の人などは私たちに名刺を渡す時に、カジノのディーラーがカードを配るような感じでテーブル上に名刺を投げて滑らせて配ってきて驚いたこともありました。

そうそう、それから日本では、「書類のハンコは役職が上の人に向かってお辞儀をするように押さないとならない」なんていう本当にバカバカしいものまであるようです。

上司へのハンコ、斜めに押す? 謎の慣習に「社畜!ゴマすり」批判も – withnews(ウィズニュース)

私は日本的なマナーをもって応対されても多くの場合、「面倒」「肩が凝る」「意味不明」「馬鹿丁寧すぎ」「丁寧な対応など程々にやってくれればいいから、きちんとお願いしたことをやってくれればいい」と思ってしまいます。

例えば日本のコンビニなどに行くと、バイトの店員が対応する客全てに対して「ありがとうございました。またお越しくださいませ」とお辞儀をしながら言ったりするお店がありますが、多くの場合、その声には何の感情も感謝も篭っていません。

それはまるで毎回決められた同じ動作をすることをプログラムされたロボットのようです。

こんなふうに判で押したような動作と言葉を言われて「礼儀正しい。また来よう」などと喜ぶ客がいるのでしょうか?

日本人はとにかく相手に失礼のないようにということに気を使いすぎて様々な無駄なルールを作り出し、それらの枝葉末節にこだわることに振り回されすぎています。

そしてこのような枝葉末節の言動をマスターしている人が「一人前の社会人である」というような評価を受けるのは本当に馬鹿馬鹿しいことです。

「普通に失礼ではない程度に応対してくれればそれでいいではないか」と思うのは私だけでしょうか?

~仕事で一番重要なのは?~

オーストラリアで上司や客や目上の人と話す時に気楽に感じる大きな理由の一つは、英語には日本語のような敬語が無いからです。

もちろん、英語であっても友達同士で使うようなラフな言い回しや言葉は客には使ったりしてはいけませんが、普通に話している限り問題はありません。

だから電話対応をする時も、「客だから丁寧な話し方をしないと」などと余計なことを考えず、より重要な事柄に集中して話ができるのです。

まあ、これは日本語と英語の違いであって、仕方のないことだと思いますし、さすがの私も、「日本語から敬語を無くせ」とは言いません。

ただ、日本語でも普通に丁寧であれば良いのではないかと思います。

「謙譲語と尊敬語」を使う場面が間違っているとか、そんなことまで気にするからます話し辛くなり無駄なことに精神をすり減らすことになるのです。

最低でも、「です」「ます」調で話していたらそれで良しとするような社会になって欲しいものです。

他にも上座下座などの席順や、エレベーター内や車内での上司と部下の立ち位置、着席位置などにしてもそうです。

こういった数々のルールや作法を守ることに一体どれだけの人たちが貴重な労力と時間を浪費し、精神をすり減らしているのでしょうか?

そんなことをしても生産性など上がるはずもないのに。

海外で働いていると日本の生産性の低さの原因がいくつも見えてきますが、このような「バカ丁寧さ」「意味不明の礼儀作法」を求める風習もその一つであると感じます。

日本にも日本の文化がありますから、「オーストラリア人のように最初から友人のように親しくするべき」とまでは言いません。

でも、このような細かい礼儀作法を守ることにみんなが汲々とするのではなく、「大体丁寧ならそれでいいよ」とみんなが考えられるような社会になったらどんなに楽でしょうか。