電通の社員が亡くなった事件を受けて政府が労働時間に対する規制を進めています。
そのうちの一つが、残業時間の上限を決めることにより36協定によって残業時間が実質的に無制限になっている現状を改善するというものです。
残業、月60~80時間を上限 罰則設け順守促す:日本経済新聞
政府は企業の残業時間に上限を導入する。月60~80時間を軸に検討する。現在は労働基準法の特別な条項を使えば事実上、青天井で従業員を残業させることが可能。同法を改正して違反企業に対する罰則も設け、過重な長時間労働の是正につなげる。労使ともに働き方の大幅な見直しを迫られる。
貴重な人生の時間に対するリスペクトが全く感じられない規制
このニュースを見た私の最初の感想は、「は?そんなにたくさんの残業を許可するの?」です。
もし月に80時間の残業が許可されて、会社がその最大限の時間を社員に残業させたとしましょう。
一ヶ月に21日の平日があるとすると、一日当りの残業時間は
80÷21≠3.8時間
となります。
つまり、朝の9時から働き始めたとすると、間に1時間の昼休みを入れると仕事が終わるのは10時近くなるということになります。
こんな規制は、「とりあえず過労死まではしないようにするための『生かさず殺さず』の最低限の制限」でしかありません。
10時に終わって通勤に片道1時間かかるとすると家に着くのは11時です。
そこから風呂に入ったり少し家事をするだけでもう12時です。
そして布団に入ってまた次の日、朝の8時に家を出るという生活がずっと続くわけです。
こんな「働いて家に帰って寝るだけ」の生活はとても人間らしい生活とは言えません。
つまり、この制限は「もっと人間らしい生活を送れるようにしてあげよう」などというような事は一切考えられていないということです。
ちなみに、「10時に仕事が終わるなんて楽過ぎ。俺なんてもっと・・・(以下略)」などと言う社畜の人はまずはその洗脳された脳みそを何とかすることから始めたほうがいいでしょう。
自営業ならばともかく、会社勤めでそんな自虐、自己犠牲精神で働いても報われることは大してありませんよ。
安い給料やタダ働きの残業で会社にこき使われて自慢したり喜んだりしているのは世界中を探しても日本人くらいなものです。
日本の経営者は笑いが止まらないことでしょう。
それにしても、政府からしてこの程度の制限で良いと考えているところが日本の社会や労働環境の病的な闇を表しています。
子供がいる家庭などは夜の11時に帰宅しても子供はみんな寝ていて話すことも出来ないでしょう。
日本の政府には、「もっと家族と一緒に過ごせるように」とか「ゆっくり休んで健康的で幸せな人生を送ってほしい」などという考えはハナから無いということでしょう。
心からがっかりですね。
時間の制限よりも効果的な方法
残業時間の制限などよりももっと効果的に残業を抑制させる方法があります。
それは残業した分、必ず代休か残業代を出させるようにすることです。
そもそもサービス残業などというものは社員の労働力をタダで享受しようとする、いわば会社による窃盗です。
物を盗んだら窃盗で捕まるのに、人の時間を盗んでも捕まらないというのはどういう社会なのかと問いたくなります。
自販機用のコンセントから無断で携帯の充電をしていて、「1円相当の窃盗」で逮捕されたというニュースを時々見ますが、何百、何千時間という人の時間を盗んでいるほうをもっと積極的に逮捕するべきでしょう。
誰でも死ぬまでの有限の時間しか持っていないわけですし、その中でも20~60歳までという、若くて自由に動ける時間というのはとても貴重なものです。
会社員はボランティアなどではなく、その貴重な人生の時間を会社に切り売りしているのです。
人々の貴重な時間をタダで貰おうなどという会社は厚かましいにもほどがありますし、強制ならばそれは強盗や窃盗と同じです。
ところで私は現在オーストラリアの会社で働いていますが、オーストラリアでは働く時間帯や曜日によって給与レートが法律で決められています。
具体的な時給などは以下のサイトで計算できるようになっています。
https://calculate.fairwork.gov.au/findyouraward
試しに、飲食業でフルタイムで働いている店員で計算してみた結果、以下のようになりました。
基本時給:$19.44(1豪ドル85円で計算すると約1650円)
夜9時から12時まで:$21.38
夜12時から朝6時まで:$22.36
土曜日:$24.30
日曜日:$29.16
祝日:$48.60
つまり夜間や週末や祝日に働かせた場合はそれに応じてさらに多く給料を支払わなければならないということです。
上記の結果から計算してもらえれば分かりますが、基本的には土曜日は基本給の1.25倍、日曜日は1.5倍、そして祝日には2.5倍支払うことが法律で決まっているということです。
当然のことながら、これを破れば違法行為で雇用者が罰せられ、かなりの額の罰金が待っています。
え?こんなレートにしたら基本給を安くする雇用者が出てきそうって?
オーストラリアの2017年度の最低時給は$17.70(約1500円)と決まっています。
当然ながらこれはスーパーのレジ打ちとか、コンビニの店員にも適用されます。
この時給以下で人を雇っているのがバレたら相当重いペナルティが課せられます。
日本の政府が提案している80時間の残業制限というのは当然ながらサービス残業の時間などではないでしょうが、制限時間を守っていても残業代を出さない会社はたくさん出てくるでしょう。
オーストラリアのように、もしコアの時間外に対して法律で決められた割増分を含めた対価を必ず支払わなければならないと決められて、違法な会社に対して処罰が厳格に適用されれば残業時間の制限などをかけずとも多くの会社で残業はなくなるでしょう。
お金がある一部の会社では構わず残業させるかもしれませんが、残業時間の制限などという法律よりこちらのほうが全体的に見ればよほど効果があるはずです。
残業を増やしても生産性は上がらない
そもそもたくさん残業代を支払って一日8時間以上の労働をさせたとしても、その労働時間に比例して生産物が多く出来上がってくるわけではありません。
今までの私の記事でも何度か言ってきたことですが、人間はロボットではありません。
たくさん働けば疲れますし、疲れれば当然生産性も下がります。
以下の記事によると、スウェーデンでは一日6時間労働で効果を上げているそうです。
労働時間を減らした方が作業効率が上がる。スウェーデンで一日6時間労働が実験的に導入され効果を上げる : カラパイア
スウェーデンはこれまでも、仕事と私生活のライフバランス向上を目指すイニシアティブの実験場であった。国内のオフィスの多くでフレックスタイム制が採用され、育児休暇をはじめとする子育て関連の政策は世界でもっとも充実する。
今回各都市で実験的に導入された施策はその一歩先を行き、1日6時間、週30時間労働を義務付けるものだ。4月半ばに公開された評価報告では、初年度において欠勤が大幅に減少し、生産性や労働者の健康が改善されたと結論している。
~(中略)~
「かなり贔屓目に見ても、従業員は8時間勤務体制のときと同等の量をこなしていますし、それより多いことだってあります」とサービスセンター所長。重労働の現場だが、従業員には十分な活力があり、仕事がはやいために多くの利益を上げることができている。
さらに従業員からは、勤務時間が短くなったおかげで仕事の満足感も高まったとの声も聞こえる。仕事は効率的になり、家で家族と過ごせる時間が増えたことの効用だ。
だらだら残業をしたところで生産性は上がらないし、その上社員は不健康になりモチベーションや幸福度が下がるのならば何のために残業するのでしょうか?
日本は未だに長時間働くほうが良い社員だとか、会社のために死ぬほど働けだのという風潮がありますが、これは相当根深い病気です。
誰のために働くの?
いくら「残業をしても生産性は上がらない」と説いても、「日本は資源もないし、国民全員が働かなくなったら日本はダメになってしまう」と言う人もいます。
なんで、「自分は日本を背負っているんだ」みたいな義務感に縛られているのか分かりませんが、そもそもみんなで死ぬほど働いたからといって国が栄えるわけでもありません。
それはここ20年も続いている日本の景気の状態を見れば分かることです。
時々ニュースなどで見かけますが、日本人よりも労働時間が少ないのに日本よりも景気が良い国はいくつもあります。
実際、オーストラリア人などは日本人と比べたら全然長時間働いていませんが、景気という点で見れば日本よりはるかに良いです。
国民のために国があるのであって、国のために国民があるわけではありません。
「お国のために」などと言って滅私奉公するのは大戦のときだけで十分です。
国民は自分の幸せのことを考えれば良いのであって、「国のためにたくさん働きなさい」などと言うのは北朝鮮のような国だけです。
それでも国の繁栄に尽くしたいと言うのならば政治家にでもなれば良いでしょう。
ちなみに、映画監督のマイケル・ムーアもこう言ってます。
マジで日本人休め!マイケル・ムーアが日本にメッセージ – シネマトゥデイ
日本人は「イタリア人から学ぶことから始めてほしい」というムーア監督。イタリアでは年間8週間の有給休暇が普通に認められるという驚愕の事実が紹介されている本作に絡めて、「日本人は、マジで休みを取って、リラックスして、人生を楽しむべきだよ。めちゃめちゃ働いても経済は破綻する時は破綻するんだ。働きすぎてもいいことなんてないよ」とメッセージを送っていた。
日本人が働きすぎなことは世界中の人が知っています。
私が現在働いているオーストラリアの会社で同僚と話している時に、「なんで日本を離れてオーストラリアに来たの?」などと聞かれることがありますが、そういう時は「日本人は働きすぎだから。日本人はおかしい。」「あんな働き方には付いて行けない」という話をするとみんな納得した表情になります。
オーストラリアのように時間外労働に対する割増レートを採用している国があることを日本政府の政治家や役人が知らないはずがありません。
それなのに、「月に80時間の残業まで」などというほとんど意味のない法律でお茶を濁そうとするのは、規制が厳しくなって不利益を被る経済界の人間達が反対しているからでしょう。
政治家や役人と経済界は当然のことながら癒着があるでしょうし、国民に「生かさず殺さず」でたくさん働いて欲しいと願っているのは恐らくこういう人達です。
日本の労働環境は世界的に見ても狂っています。
こんな社会でいいんですか?
過労死などのニュースを見て、「俺はもっと残業してる」などと自慢している場合ではないですよ。