前回の記事(「お客様は神様」がなぜ日本にストレス社会をもたらすのか)では海外のお店や会社が提供するサービスがいかに適当か、そして逆に日本がどれだけ過剰なサービスを提供しているかを指摘しました。
今回の話はそういった「サービス」の一つ、電車の運行についてです。
オーストラリアの電車は適当すぎ
海外の公共交通機関の時間のルーズさについては色々と耳にしたことがある人も多いでしょう。
オーストラリアも多分に漏れず適当です。
まず時間通りに電車が来ないことは珍しいことではありません。
そしてよくキャンセルされます。
そう、ダイヤに乗っている電車が来ないのです。
「今日は次の列車はキャンセルされたので来ません。次の電車は20分後です」などというアナウンスが普通に流れます。
実はこういったアナウンスを聞くのは珍しい事でも何でもありません。
多い時は一週間に何回も聞いたりします。
日本に長年住んでいて日本の正確に運行される電車が当たり前だった私には最初意味が分かりませんでした。
「キャンセルってどういうこと??どうして運休になるわけ?」と。
私は当初は「どうせ適当なオーストラリアのことだから運転手が寝坊したとかいう理由ではないか」などと考えていました。
実際には急病人が出たからということもありますが、多いのは電車が故障したというものです。
特に夏の暑い日は、電車のエアコンが故障して動かないからキャンセルとったことが普通に起こります。
私が東京で通勤していた時に電車が故障したからと言って運休したというのは記憶にありません。
考えてみるとこれはすごいことだと思います。
きっと日本では日本人がやる仕事らしく恐ろしいほどきちんと整備されているのでしょう。
機械は壊れるものですから、日本でも故障で運休ということはきっとあるのでしょうけど、私が思い出せないくらい稀だということです。
逆にオーストラリアでは整備も適当なのでしょう。
そうでもなければこの高い故障率の説明がつきません。
オーストラリアで電車に乗っていて暫く駅に停まったまま動かなくなり、「これは何かまた起こったな」と思っていると案の定、「この電車は故障したのでここから先は回送になります。全員ここで降りて次の電車に乗って下さい」というアナウンスが流れるということは何度も経験したことがあります。
当然、それ以降の電車は全て遅延し、次に来た電車は故障した電車から降ろされた客で満員になります。
日本ではまず考えられないことですね。
ちなみに、オーストラリアでは電車の運行は州の法律で「90%の電車をスケジュール通りに運行させなければならない」と決められていて、それを下回ると運営会社に罰金が課せられます。
つまり、なんと、10本に1本は遅延してもいいということです!!
これだけでも驚きの甘さですが、私が本当に驚いたのは別の点です。
それは、「遅延とみなされるのはスケジュールから5分以上遅れた場合」というルールです。
つまり、5分以内ならば例え一日100本の電車が全て4分遅れても遅延はゼロと見なされるのです!!
そしてそういう理由からか、数分程度の遅れの場合はアナウンスさえされないことが多いです。
日本では1分でも遅れが見込まれるようなら事前にアナウンスが流れ「お急ぎのお客様には大変ご迷惑をお掛けします」などというお決まりの謝罪までされます。
数十分以上遅れる場合などはさすがにオーストラリアでもアナウンスされて謝罪の言葉もあったりしますが、数分だったら「2分程度遅れてます」というアナウンスがあればベストという感じです。
「日本の電車は素晴らしい。日本人で良かった」?
ここまで読んで「毎日そんないい加減だったら大変」「日本に住んでいて良かった」と思いましたか?
確かに日本の電車の運行能力は素晴らしいと思います。
時間の正確さでは恐らく世界一でしょう。
特に首都圏エリアなどは毎日あれだけの本数の電車を走らせながら遅れの幅が数十秒以内というのはもはや神がかり的とさえ言えます。
正直なところ、私もこれだけのことを可能にする日本と日本人を誇りに思うこともあります。
その反面、ここまで正確さが求められ、人々が「それが当然」だと考えるようになった今の日本の社会に居ると妙な窮屈さを感じます。
日本では数分の遅れだけでも明らかにイライラする人が出始めます。
逆にオーストラリアでは数分の遅れは日常茶飯事なので誰も気にしません。
(前述した通り、そもそも数分は遅延とも見なされていないわけですが・・・)
そんな社会なので、オーストラリアでは遅延証明などというものは存在しません。
遅れが出る度にそんなものを出さなければならないとしたらきっと毎日凄い発行量になるでしょう。
そして会社の方もいちいち証明など要求しません。
日本のように他の同僚の遅刻を監視している社畜もいません。
出社が数十分遅れたところで会社は気にしませんし、もし理由を聞かれたとしても「電車が遅れた」と言えばそれでおしまいです。(たまにそれで終わりにならず、電車の運行会社のダメっぷりで話が盛り上がる時はありますが(笑)
それに対して、日本では始業の10分前には出社して仕事の準備をしないとならないとか、電車が遅れたら遅延証明を提出しないとならないとか面倒なルールが沢山あります。
さらに酷いところになると、万が一電車が遅れてもいいように毎日もっと余裕を持って出社しろなどと言うところもありますね。
正確さを追求して犠牲になるもの
そもそも1分や2分正確にして得られる利益というのはどの程度のものでしょうか?
私は昔はサービスが良くなればなる程便利になって良い社会になると考えていましたが、今は社会全体に蔓延している「人々の他人に対する許容の低さからくる有形・無形のプレッシャー」により、日本を住みにくい社会にしているような気がしてなりません。
ここで一つ例を挙げましょう。
会社が「遅刻は許されるものではないから定時ぎりぎりに出勤してくるのではなく何分も余裕を持って出勤しろ」と要求してきたら文句を言う人はたくさんいるでしょう。
私も早く出勤した分の給料も出さないのにそういう要求をする会社はおかしいと思います。
しかし、そうやって厳しい会社に対して文句を言っている人でも電車が遅れたらイライラして怒り出すのではないでしょうか?
そういう人は他人には厳しい要求をするけれど自分には甘くして欲しいと願っているということには気付いていないでしょう。
つまり、会社に対しては「5、6分遅れたくらいで目くじら立てるなんておかしい」と言うくせに、電車が数分遅れるのは許せないわけです。
日本人がいつの間にか数分程度の遅れも許容しないようになり、電車やその他のサービスに過剰な要求や期待をするようになり、それが当たり前という社会的風潮になってしまったがために息苦しい社会になっているのです。
つまり、みんなが他人を許容せず、お互いの首を締め合っているのが今の日本社会なのです。
もう一度言いますが、一分や二分遅れたところで大抵は人生に影響などありません。
むしろそれが許容できない人間になってしまった時に、最終的に自分にかかってくるストレスの方が遥かに悪い影響をあなたに与えるでしょう。
ちなみに、オーストラリアでは遅れが出て駅でたくさん待たされている人がいるような状況でもみんな結構大人しく待っています。
中にはその状況に呆れたりウンザリしながらも見知らぬ人と談笑を始めたりしながら待っている人もいます。
また、こういう時に駅員に説明を求める人はいくらでもいますが、怒って駅員を怒鳴りつける人は少なくとも私は見たことがありません。
みんな「仕方がないね」といった諦めの表情です。
それに対して日本では駅員に当たったり、怒鳴りつけたりする人もいます。
こういう時こそ「大人しくて礼儀正しい日本人」の本領を発揮してもらいたいものですが。
他人の命のことより自分の時間が大事
また、日本で自殺と思われるような人身事故が起こった時にネットで頻繁に見る発言はとても酷いものです。
「人に迷惑をかけるな」
「死ぬなら一人で誰にも迷惑をかけないところでやれ」
「おかげで遅刻して大変な目にあった」
などなど。
そこには一人の人間の命が無くなったことに対しての悲しみや同情など一つもありません。
あるのは「自分は迷惑を被った。どうしてくれるんだ」という主張ばかり。
しかし私はこういう人たちを非難する気は全くありません。
正直に言うと私も日本に住んでいた頃は人身事故が起こると同じようなことを考えてしましたから。
こういう荒んだ社会の中で生きていると誰しもそうやって心が荒んでしまうのです。
そして一人一人のそうした心がさらに社会を許容が低い窮屈な場所にしていくという悪循環を生んでいるのです。
オーストラリアでももちろん人身事故はありますし、珍しい事でもありません。
何年か前に大きなニュースになった事故を一つ紹介しましょう。
その時はある老夫婦が二人で歩いていて何かしらの理由でおじいさんが先に踏切を渡りました。
その時に既に警報機が鳴っていたかどうかはニュースで読んだ限りでは分かりませんでしたが、足の悪いお婆さんが後から渡っている間に電車が来ておじいさんの目の前ではねられてしまいました。
偶然にもその電車は私が乗っていた電車で、私はちょうど通勤の途中でした。
その電車は踏切でかなりの時間停止し、その後少し動いて乗客は全て降ろされました。
この時は人身事故があったということだけがアナウンスされ、老夫婦だったという話は後で知ったのですが、いずれにしてもこの時私は日本にいる時のように「迷惑だ」などとは思いませんでした。
このニュースは翌日に新聞などに大きく「悲劇」として掲載されましたが、迷惑だなどという意見や論調はありませんでした。
日本で人身事故があった時に「迷惑だ」と考えていた私がオーストラリアではそう感じない理由はどこにあるのでしょうか?
それはやはり社会全体の他人に対する許容度の大きさやそこからくる雰囲気にあると思います。
まずは会社を遅刻しても問題がないのでみんなそこからして精神的に余裕が出ます。
そしてその余裕が他者に対する思いやりを生むのです。
この例で言うと、
「なんでこの婆さんは早く渡らなかったんだ?おじいさんが助ければよかったじゃないか。おかげで遅刻して迷惑だ」
ではなく
「目の前で愛する妻をなくしたおじいさんは本当にかわいそう。なんとかならなかったのか」
という考えになるということです。
同じ人間(今回の例では私自身)でも属する社会が違うだけでこれだけ考えや感じ方が変わるという良い例です。
他人に対する寛容さが自分を幸せにする
電車が遅れて自分の時間を無駄にされたとイラッとする気持ちはとても良く分かります。
しかし、他人に何かを求めるということは自分もそれと同じことを社会から求められるようになるということに気付きましょう。
サービスにちょっとした不足や不備があったとしてもそれを許容できる心の余裕を持つということはあなた自身にとっても良いことなのです。
そのような許容度が大きい人が増えれば社会がだんだん変わっていきます。
会社だって遅刻に対して厳しくなくなるかもしれません。
こういうことが巡り巡って最終的にはあなたに良い影響を及ぼすようになるのです。
ところで、この前、オーストラリアの警察官が駅で客をナンパしているのを見ました。
「職務中にそんなことをしていてけしからん!」と思いますよね?分かります。
でも、これだって必ずしも悪いことではないのです。
なぜかって?興味があったら以下の記事を読んでください。
>>職務中の警察官がナンパ?寛容なオーストラリア社会と厳しい日本社会
当ブログはホワイト企業、ホワイト企業を紹介する就職・転職エージェントを応援しています。
以下のエージェントはブラック企業を紹介先から除外していることを明確に謳っているので特にお勧めしています。
エージェントは登録も利用も無料なので、まずは登録してみて自分に合っているエージェントを探してみてください。
20代に特化した就職・転職サービス【第二新卒エージェントneo】
ブラック企業を除外、優良企業のみのご紹介で安心して就活。
1人あたり平均10時間の手厚いサポート。企業担当による面談対策。幅広い求人のご紹介。
履歴書の添削はもちろん、一緒に職務経歴書の作成も行います。内定後はもちろん、入社後もサポート。
主に20代のフリーター、既卒の就職サポートサービスを完全無料で提供しています。
- ブラック企業を徹底排除!
- 既卒・フリーターの内定率83%以上
- キャリアカウンセラー全員が元既卒・第二新卒
離職率/労働時間/社会保険の有無/雇用形態などで厳しい基準を設けており、全ての企業に訪問して基準を満たしているかを確認しています。
もちろん基準を満たさない企業との取引は一切行っておりません。
そのため、弊社から入社された方の定着率は93%以上と非常に高いです。
最近話題の退職を代行してくれるサービスです。ブラック企業では辞表を出すと脅迫をされたり退職させてもらえないということがあります。退職代行EXITを通せば会社と直接話すこともなく退職することが出来ます。退職成功率は100%。メールやラインで無料相談することができますので、現在「辞めたいのに辞めさせてもらえない」という方は無料相談を受けてみてはどうでしょうか?
「井を出た蛙の(アンチブラック企業)就職・転職サポート部」では、当サイトと提携した約100社の就職・転職エージェント、求人情報、キャリア支援・コースのサービスを提供している会社を紹介しています。これから就活をする方、転職を考えている方は是非ご活用ください。