体罰は昔は当たり前?日本とオーストラリアを比べてみた

最近の記事で学校の体罰について書かれたものが目に止まったので今回はオーストラリアの現状などを含めて体罰について書いていきたいと思います。

まずは私が読んだ記事の紹介から。

職員室はタバコ臭く、生徒は教師に殴られまくり! 今だったら完全にアウトな前世紀の学校風景 | キャリコネニュース

「職員室ってすっごいタバコの煙もくもくだったよね」
「中学生の時、集会のたびに女子生徒全員前屈させられて、色物の下着を着けてないか検査が行われてた」
「オールバックの体育教師が竹刀振り回してた。あれはあれで、先生の権力だと思っていたから時代は怖いね」
「高校の部活の顧問。 殴る蹴るは当たり前。50発往復ビンタに顔踏まれたり、棒で殴られ全身痣だらけ」

昔の先生は体罰し放題

私ももうおじさんと呼ばれるような歳なので、私が学校に行っていた頃はまさに上記のような感じでした。

私が通っていた中高校は結構荒れていたのですが、そのせいかどうなのか知りませんが怖い先生が何人かいました。

竹刀を持っていた先生もいたようないなかったような・・・

よく覚えていないのですが、私がどこだったかの教科専用の教室(理科室とかありますよね)を掃除していた時のことです。

そこの準備室に掃除のために入ったら、先生が一人の男子生徒を殴ったり壁に叩きつけたりしてボコボコにしてました。

どのような経緯があったのか知りませんが、あそこまで先生が生徒に暴力を振るっているのを見たのは後にも先にもその時だけです。

あまりにも衝撃的な光景で、私は黙ってその場を離れたのでした(笑)

それから上記の、「職員室が煙草の煙だらけだった」という話で思い出したエピソードがあります。

これは私が高校生だった時のことだと思いますが、隣のクラスの生徒だったかが喫煙が見つかって担任に職員室に呼び出されたらしいのですが、彼曰く、「あいつ(先生)、『煙草は体に悪いから止めろ』と煙草を吸いながら言っていた」と言っていました。

先生がタバコを吸いながら生徒の喫煙を叱るなど笑ってしまう話ですが、今だったらきっとそんなことは許されないのでしょうね。

現在の職員室は禁煙になりましたか?

喫煙にしろ、体罰にしろ、きっと今の学校は私の頃と比べたらかなり変わったのでしょうね。

オーストラリアの学校の体罰事情

私はオーストラリアでは大学にしか行っていないので実際に小学校~高校の現場を見たことは無いのですが、知り合いで現地の学校の先生をやっている友人が何人かいるので、時々こちらの学校の話を聞くことがあります。

そういう話の中で生徒との接し方などについても時々話を聞きます。

まず驚かされるのが、オーストラリアでは学校の先生は生徒に一切触れてはならないということです。

叱るときに叩くなどというのは当然ながら論外です。

そんなことをしたら下手したら裁判沙汰になります。

それだけではありません。

「一切触れてはならない」というのは、励ますために肩をたたくとか、頭を撫でるとかもダメということです。

そして、なんと、生徒の方から手を伸ばしてきたら触られないようにかわすらしいです。

さらにさらに、先生だけでなく、学校内では生徒同士でも接触してはならないそうです。

そして言い訳は一切聞いてもらえないそうです。

その対応は英語で”Zero tolerance”と呼ばれています。

違反者に対しては言い訳を許さず、罰則を即適用する言う意味です。

もし言い訳を許したり曖昧さを残しているとそこからまた問題が生まれるからでしょう。

罰則は停学とかになるそうです。

ものすごく厳しいですね。

こういった事情で、オーストラリアの学校では生徒を叱る時は体罰などあり得ず、言葉でしか叱ることができないのです。

オーストラリアの全ての学校かこういった対応を取っているのか分かりませんが、何人かの先生に聞いたところみんな同じような感じだったので恐らくほとんどの学校がそうなのではないかと思います。

極端な生徒保護の弊害

オーストラリアの学校ほど極端ではないにしろ、現在の日本の学校は体罰は禁止されていると思います。

日本では最近、教師による生徒へのセクハラや犯罪行為が良くニュースになっていますね。

もっと厳格なルールを設けたらそういった行為も減るのではないかという意見も目にします。

犯罪を起こす気がある教師はルールがあろうがなかろうが関係ないような気もしますが・・・ある程度は抑止力になるかもしれませんね。

しかしその一方で、オーストラリアのような厳しいルールは別の問題も引き起こします。

それは生徒が先生をナメてかかるようになるということです。

いくら悪さをしたり言うことを聞かなかったりしても、大人は口で叱る以上はできないということが分かっているので付け上がってくるわけです。

オーストラリアではあまりにも酷い生徒の場合は親が呼び出されて停学などの処分が下されるわけですが、それでも先生は触れてくることも出来ないと分かっていると態度が悪い生徒がナメてかかってくるのは十分想像できます。

私のオーストラリア人の知り合いがまだ教師の資格を持っていなかった時の話をしてくれたことがあります。

その時、彼は学校でクラスの先生の補助の仕事をしていたらしいのですが、あまりにも先生の言うことを聞かない酷い生徒がいたので、胸ぐらを掴んですごい勢いで叱ったそうです。

彼はその時は教師のライセンスを持ってない身分だったのでそういうことをすることが出来たと言っていましたが・・・でも、よく考えるとその行為が問題になっていたらライセンスを取ることができなくなっていたような気もします。

その生徒はそれで驚いたのか言うことを聞くようになったそうです。

そして幸いにもその胸ぐらを掴んで叱った行動が問題になることもなかったようで、その知り合いは今では正規の先生として働いています。

以上のようなことを考えると、あまりにも酷い体罰はもちろんダメですが、ある程度の体罰は必要なのではないでしょうか。

いろいろな意見があると思いますが、言葉で言っても分からない子どもというのはいつの時代もどこの国でも一定数いますから、やはり生徒から怖がられている先生とか、ある程度の体罰も教育の中では必要なのではないかと思います。

昔の日本や、現在のオーストラリアのように極端にならず、どこかバランスの取れたところでうまくいくようになるといいですね。

ところで、教育はそれぞれの国の政府が「我が国の国民にこうなって欲しい」という思想が色濃く現れています。

日本の政府が求めている国民はどのようなものだと思いますか?

そんな話に興味があったら以下の記事を読んでください。

日本の学校教育は同調圧力を美化し、社畜を生産する洗脳教育日本で現在子供たちに行われている教育が一体、何を目指しているのか考えたことはありますか?今の教育で育った子供がどのような考えの大人になるか考えたことはありますか?教育はその国の方針が反映されています。日本が国民に求めているのはどの様な人間になることでしょうか?...

>>日本の学校教育は同調圧力を美化し、社畜を生産する洗脳教育

ABOUT ME
かわずん
アンチ・ブラック企業ブロガー