辛い事から逃げたら負けと言う人が人生の時間を無駄にしている理由

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今の若い人は聴いたことがないかもしれませんが、一昔前に「それが大事」という歌が流行ったことがありました。

「負けないこと
投げ出さないこと
・・・
それが一番大事」

と連呼するヤツです。

私は当初からこの歌が好きになれませんでしたが、世間はそうは思わなかったようで大ヒットとなりました。

いかにも世間受けするのを狙ったこれらの言葉が受けたのでしょう。

もっとも、このボーカルの人は今は「これらのことは大事ではない」という結論に至ったようですが。

どれが大事か見失った大事MAN、元ボーカルの立川俊之が語る“大事な事”。 | Narinari.com

最後は「負けない事」「投げ出さない事」「逃げ出さない事」「信じ抜く事」の4つの中から、「結局、何が一番大事なのか」との問題を出題。立川の答えは 「どれも大事じゃない」としたが、大ヒット後の24年間でたどり着いた本当の想いは「自分にとって、何が一番大事か考えていく事が大事」と語り、この日の 講義をまとめた。

~逃げない人間が多くなって喜ぶのは誰?~

この歌のヒットぶりを見ても分かる通り、日本ではとにかく「逃げないこと」「負けないこと」が大事という風潮があります。

「辛いからとすぐに逃げてばかりいるとこの先もずっと逃げる人生になる」

「今の仕事が辛くても何年か耐えれば他の会社が楽に思える」

「負け犬になりたくないのなら逃げるな」

などなど。

しかし、やたらと「逃げずに耐えることが重要」だと言う人に私は言いたいのです。

「辛かったら逃げることの何が悪いのか?」

と。

よく「辛いことからすぐに逃げる人間は成長しない」などともっともらしい事を言う人がいますがそんなことはありません。

4月になり、新たなサラリーマン人生を歩み始めたはいいけれど既に「残業続きで辛い」「でも、辛くても三年は我慢して働かないと次の就職先が見つからなそう」と悩んでいる人も多いでしょう。

この、「一度就職したら辛くても一つの会社で三年間は我慢しないと転職し辛くなる」というのも「逃げずに耐えないとならない」ということの良い例ですが、それにしてもバカバカしい話です。

大概の会社が前職での期間が短いと警戒するのは理解できますし、そのために「待遇が理不尽でも三年間は働かないと」と思い込んでしまうのも分かります。

しかし、もし現在の会社がサービス残業などの違法労働をさせていて、それが嫌で辞めたいのにこのような「三年縛り」の習慣のせいで辞められないのは問題でしょう。

例えば以下の記事に出ているような求人詐欺の例などはどうでしょうか。

「求人詐欺」は、なぜ野放しにされているのか | 就職・転職 | 東洋経済オンライン

簡単に説明すると、求人票には良い条件を掲載して人を集め、入社してみたら全く異なる労働条件だったという話です。

このような募集をする会社は一旦会社が決まって働き始めた人がすぐには辞め辛いことをいいことに、人材不足を補う目的で(ブラック企業はどんどん人が辞めるので常に人材不足です)このような違法な手法を使って犠牲者を集めているそうです。

入社後にすぐに辞めてしまえば、履歴書に傷がついてしまい、その後の転職活動に大きな悪影響を与えるからである。企業は、こうした労働者の事情も全て分 かった上で、今日も虚偽の求人票を出し続けているのだ。本来であれば、「よりよい労働条件を示す企業に人が集まり、劣悪な企業は見捨てられて淘汰される」 というのが、労働市場のあり方のはず。ところが、今の日本では「求人詐欺」によって妨害され、機能を失っている。それが現実なのである。

この記事を見ても分かる通り、これも「辛くてもすぐに辞める人間はダメ」と一括りに考える社会がこのような悪徳会社をのさばらせる結果になっているわけです。

~違法な労働環境から逃げるのがなぜ悪い?~

よく面接の時に退職をした理由を聞かれてネガティブな理由を言うのはご法度という意見がありますが、違法なことをしていた会社についてありのままを述べて「だから辞めました」と言うことの何が悪いのでしょうか?

もし、「違法な労働やサービス残業があっても三年間は働かない人間はダメ」と言うのならその会社もブラックに違いありません。

上司からの命令が理不尽でも、パワハラがあっても、違法な残業強制があっても「何が何でも三年は耐えろ」というのは無茶な話です。

企業側も、前の職が短い期間だったからと何でもかんでも拒絶するのではなく、その理由をきちんと聞くべきです。

無理に作ったポジティブな退職理由を聞かされてその会社にとって何の得があるのでしょうか?

こんなやり取りはお互いにとって時間のムダでしかありません。

退職理由が正当なものであるならばきちんと評価するべきですし、そういう風潮が作られるべきです。

そうすれば理不尽な待遇があっても「暫くは耐えないとならない」という苦痛を味わう人が少なくなりますし、「三年縛り」のような習慣を利用して労働者の足元を見るような悪徳会社も淘汰されていくでしょう。

自分が嫌だと思ったり合わないと思うことを無理に続けていくほど人生の時間の無駄はありません。

自分が意義を見出していないことに対して「辛くても三年間頑張った」などと言うのは自慢にもなりません。

もしかしたら、「耐えて頑張ってる自分は格好いい」などと思っている人もいるかもしれません。

しかし、逃げずに三年間も耐えたとか、長時間サービス残業したということは、人生のその時にしかなかった貴重な時間を浪費し、それをしなかったら出来た「何か別のもっと有意義な事」をするチャンスを失い続けているのです。

~「負けないこと」も特に大事ではない~

「負けないこと」が大事というのもまたおかしな風潮です。

今は廃止された「ゆとり教育」では運動会などの競争で、最後は速い子も遅い子も一緒に手を繋いでゴールするというという話を聞きました。

どんなアホな人間が考えた教育方法なのか知りませんが、全く馬鹿げた話です。

現実の社会では物事に「勝ち負け」があるのが当たり前です。

「使うか使われるか(労使関係)」「蹴落とすか蹴落とされるか」など大人の社会では競争ばかりです。

そんな社会で将来生きていけるように子供を教育しなければならない学校が、「みんな平等で仲良くしましょう。勝ちも負けもありません。」と言って育てるなどナンセンスにも程があります。

こうやって教えられて育った子供が社会に出て「社会は競争ばかり。学校で教わったことと違うじゃないか」と言ったら大人はどう答えるのでしょうか?

「学校では理想を教えただけのことです。現実は違います。」とでも言うのでしょうか?

人生で一度も負けを経験せずに終わる人などまず居ないでしょう。

このような教育を受けて育った人間は社会で負けを経験したらどのように対処すれば良いのかも分からないでしょう。

下手したら負けたショックで自殺までしてしまうかもしれません。

だから、そんな偽善的な教えよりも、「負けても大丈夫。やりたいことを何度でもやりなさい」と教えたほうがよっぽど役に立ちます。

人生、大概のことは負けても生きている限りやり直しがききます。

「負けないこと」は大事ではありません。

「負けてもやり直すこと」「負けたら別の道を模索してまた挑戦すること」が大事なのです。

~逃げてはならない時とは?~

勘違いして欲しくないのは私は「辛い時はいつも逃げるべき」と言っているわけではありません。

本当に人生にとって重要なときに自分が「ここは耐えて成し遂げなければならない」と心から思える時には逃げずにそれを成し遂げるべきです。

これは他人に「辛くても頑張れ」などと言われて仕方なくやるものではありません。

あくまでも自分自身が自分の心に正直に問いかけて「○○を成し遂げるためにこれをしなければならない。だから今は頑張る時だ」と思う時だけです。

そういうことは殆どの人は人生に何度もあることではありません。

例えば私の場合はオーストラリアの永住権を取るために現地の大学の学位を取る時でした。

これは誰かに言われたからではなく、心からオーストラリアに住んで働いてみたいと思ったからやれたことです。

そしてこれを成し遂げたことは自分自身への大きな自信にも繋がりました。

私の現在までの人生で本当に重要な転換点だと信じて逃げずに本気でやり遂げたのはこの時の一回だけだと思います。

日本ではささいなことまで「逃げずに耐えないとならない」という考えがはびこっています。

「残業が辛い」と言いいつつ逃げずに頑張ったところで得るものはほとんどないでしょう。
強いて言えば「理不尽な事に耐える能力」は鍛えられるかもしれませんが。

それで喜ぶのは労働者を酷使することでしか生き残れないブラック企業の経営者だけです。

彼らはこんな一見正しそうな言葉を使って人を会社に縛り付けているのです。

また、「この社会は理不尽なことが多いからそれに耐えられるようになるのは必要」などといかにも「世の中を知った人間」のようなセリフを言う人もいます。

自然災害など、どうしても避けられない理不尽なことは確かにあります。

しかし、大抵のことは他人によって強いられたり作られた理不尽です。

パワハラや違法な残業などは良い例です。

そんな理不尽が多い社会などクソ社会です。

それは社会が悪いのであって、それに無理に合わせて生きていく必要はありません。

より理不尽ではない、自分がより生きやすい社会があるところを探すべきです。

理不尽なことがあったらまず耐えるのが美徳などという常識は捨て去ったほうが気が楽になります。

理不尽なことがあったら可能な限り逃げるべきです。

人生、理不尽なことに心を悩ませるほど無駄なことはありません。

ブラック企業で残業やパワハラで苦労しているのなら悩んでいる時間だけでなく命まで持って行かれかねません。

私の以前の記事(オーストラリアに移住するまで~ブラック企業入社)で紹介しましたが、私の最初の会社はブラック企業でした。

私はその会社での仕事にも周りの人間にもうんざりしていたので辞めたくて仕方がなくなり一年半で退職しました。

もしこの時「逃げたら負けだ」とかいういう無意味な根性論に固執していたり、「三年間は我慢するべき」などという考えで仕事を続けていたら間違いなく病気になっていたと思います。

また、周りでそういうことを主張してくる人がいなかったのは本当に幸いでした。(唯一引き止めてきたのは上司だけでした)

そしてもしその会社を辞めていなかったら、現在のようなオーストラリアでの「より幸せな人間らしい生活」を得ることはできていなかったと思います。

~他人の言うことに惑わされるな~

それでも「逃げる」という言葉に抵抗がある人は「方向転換」という言葉を使ったらいいと思います。

繰り返しますが、自分が理不尽だと思うことに対して無理に耐える必要などありません。

他人に「逃げた」だの何だの言われても気にしないことです。

そういう言葉に従って不幸な人生になってもその人は責任を取ってくれたりしません。

自分の人生は自分で決めるものです。

他人にとやかく言われる筋合いはありません。

自分の人生にとって良いと思う方向に向かってどんどん「方向転換」して自分が納得できる人生を送るべきなのです。