日本では必要とあれば部署を超えて社員の通常の職務とは関係のない仕事をやらせる会社が多くあります。
私はオーストラリアで働き始めてからこの日本の会社のやり方に疑問を持ち始め、そのことについて記事を書こうと思っていました。
しかし同じようなことを考えている人は他にもいたようで、タイミング良く(?)その問題について指摘した記事が出ました。
やってもやってもキリがない日本の仕事
以下がその記事です。
日本の会社の問題について鋭く書かれているのでもし時間があったら読んでみてください。
「ブラック企業」がここまで蔓延する根本原因 | 就職・転職 | 東洋経済オンライン
さて、筆者はこの記事の中の『日本の雇用は、世界でも特殊な「職務無限定」』という項目で以下のように言っています。
前提として、日本の雇用システムは世界の中でも非常に特殊な形であることを、まず認識する必要がある。日本では、入社前には職務の内容や勤務地などが本人には知らされなかったり、入社後もいつ別の職務を命じられるか分からないということが少なくない。また、法定勤務時間内、いわゆる「9時~5時」で 必ず帰れるなどということはあり得ず、残業が必要と言われれば受け入れることが当然視されている。全て、労働者は会社の命令に従うことが「常識」だ。
一方、欧米の一般的な雇用契約は、そうではない。「保険商品の販売業務」「繊維加工機械の操作」といった具体的な職務(ジョブ)が先に存在し、求め られるスキルや、職責が特定されている。職務の具体的中身や評価方法も一定になる傾向があるため、業務内容が無限定とはならない(成果で評価されるホワイ トカラー層はこの限りではない)。自分の仕事の範囲を越えて他人の仕事を行うことは、職域を侵すことになるので御法度だ。
『日本は「職務無限定」』 ― 現代の日本の会社の問題を一言で表現している良いフレーズだと思います。
そしてこれは正に私が書こうと思っていたことです。
入社前に職務内容が知らされないという問題は、以前の私の記事(なぜ学生は就活の面接で嘘をつかなければならないのか?)でも指摘した通り、日本の(特に大手の)会社が採用活動をするときにまとめて「○○人欲しい」という要望を元に人事が募集を行うのが一つの原因です。
だから人事も面接の時点でその人がどの部署に行くのか分かりませんし、そのせいで必要なスキルや適正の見極めができないのです。
こんな効率の悪いことをしているのは日本だけではないでしょうか?
海外では他人の仕事をやるのは「非常識」
オーストラリアではそれぞれの部署の責任者が「○○のスキルを持った人が何人欲しい」と明確に決めて、それを人事に伝えます。
人事はその部署からの要望通りの人材の募集を始めますが、実際に応募してきた人達の面接や採用の可否を決定するのは人事ではなくその部署の責任者です。
最終的に合格者が決まったら部署の責任者は採用する人のリストを人事に渡し、人事はその後の事務手続きを行います。
このような採用手順を取っているため、募集要項にもどのような職務のポジションなのか、どのようなスキルや知識を持っていることが応募条件なのか、勤務地はどこなのかが必ず明確に示されます。
そういうわけで、オーストラリアでは日本のように入社まで職務内容が分からないとか勤務地が知らされないなどということは起こり得ないのです。
また入社後に、他の部署が忙しいからと言って手伝わされることもありません。
募集時には必ずそのポジションがどのような仕事を行うことが求められるのかを説明した”Position description”(PD)というものが明示されています。
社員が会社から求められる仕事は必ずこの”PD”の範囲内のものであり、そこから外れることはありません。
もし入社後にさらに職務を追加したり変更が必要になった場合は社員にきちんとそのことについて説明がなされお互いが合意した後にPDを修正し、人事に書類が渡されます。
もし入社してから応募した時と違う仕事をさせられたりしたら明らかに契約違反ですので、さっさと辞めてしまう人が多いでしょう。
そもそも、せっかくその分野の学位や経験があるプロフェッショナルを雇っているのに全く違う分野の仕事の手伝いをさせるなど非効率この上ないことですし、人材という限りあるリソースの無駄遣いをしていることになりますから、欧米の会社のやりかたは理屈に叶っています。
この点が日本の会社が理解できていないところです。
(または理解した上でやっているのか?)
ある部署で人手が足りないからと言って他の部署の人間に手伝わせた場合、手伝わされる人達は彼らの本来の仕事が業務時間内に満足にできなくなるということです。
え?通常業務時間外でやってもらえばいい?
もし本来の仕事をこなした上で残業して他の部署の仕事を手伝わせるようなことをさせると、いずれは過労で無理が出てきて結局は本来の仕事のパフォーマンスも悪くなるでしょう。
日本の会社はなぜか「人間は働き続ければ疲れて効率が悪くなる」ということが理解できていません。
そして疲れ果てて効率が悪くなり、それでも仕事を続けている人を「働き者」と評価します。
日本人は昔から「頑張ればできる」「できないのは根性が足りないから」という精神論ばかりで、そんな思考がDNAにまで染み込んでいるようです。
そういう考えで戦争をして負けたのにそこから全く学んでいません。
こんな海外では通用しない非論理的な思考で「グローバル化」などと言っているのですから呆れを通り越して笑えます。
いい加減、こういった古臭い精神論から抜け出すべきです。
日本のやり方では適切な人員リソースの配置など望めない
勤務地についても日本の会社はやりたい放題です。
家族がいようとなんだろうとお構いなしに転勤を命じる会社はたくさんあります。
まさに「仕事第一」です。
また日本では「嫌がらせ」や「辞めさせたい」という理由で転勤させるということまで堂々と行われています。
「仕事だから仕方がない」と単身赴任をしたり、一家で引っ越ししたりしている人を見ると本当に可哀想に思います。
これまでの話をまとめると、イメージとしては欧米の会社ではポジションに対して応募するのに対して日本では会社に対して応募するという感じです。
応募者の方もそのことについて特に気にしません。
日本人はブランドとか会社名で選ぶのが本当に好きなので名前の通った大会社に就職が決まれば「バンザイ、バンザイ」なのです。
その会社で「何の仕事をするか」は二の次です。
大学を「何を学ぶか」ではなく大学名で選ぶのも同じことです。
だから日本では入社するまでどのような部署に配属になるのかも知らされないのですし、スキルや適正に関係なく会社に命令された通りの仕事をさせられることになるのです。
そして会社はその人の能力や経験など考えずに人員を配置するので後になって「あの人は使えない」「最近の新人は使えない」などという文句を人事に言ってくるのです。
「使えない」のはその人が悪いのではなく、その人の適性や能力が活かされるところに配置しない会社が悪いのです。
そして「使えない」となったら人は「異動」、「転勤」です。
本当に効率の悪いことをしているものです。
これでは社員も会社も不幸なはずなのに日本の会社は何時まで経ってもこのやり方を変えません。
ところで、上記の記事では以下のようなことも書かれています。
職務が無限定ということは、欧米の一般的な雇用形態と異なり、自分の仕事と他人の仕事の区別がなく、どのような業務もこなすということを意味する。自分の仕事が早く終わった場合は率先して他の人の仕事を手伝ったり、本来自分がやる業務以外のことも、上司から頼まれれば取り組むなどといったことは、働いたことがある人なら誰しも経験があるだろう。
日本人が自分の仕事が終わっても帰れない原因の一つが正にこれです。
「自分の仕事が終わったからと言って帰ってはならない」
「他の人が頑張っているのになぜ帰るのか」
「仕事が終わったら自分で探せ」
などなど、日本の社会ではこのような「社会人としての常識」がさも正しいかのようにまかり通っています。
オーストラリアだったら自分の仕事が終わったら堂々と帰れます。
一番最初の記事の引用文の中でも指摘されていますが、自分の職務の範囲を超えて仕事をして他の人の職務を侵してはならないのです。
部下の仕事は全てマネージャーが管理しているので、マネージャーを通さずに勝手なことをしてはいけません。
これはオーストラリアの職場では当然のことです。
ちなみに、私の以前の記事(会社を立て直すためには社員を酷使するのもアリ?)の中で紹介した記事では正にこの「職務無限定」の問題を地で行くようなことを堂々と「正論」として述べています。
どうしてブラックよりゾンビが怖いのか?:日経ビジネスオンライン
営業の社員だけで処理し切れない仕事を経理にもやらせようと言う社長に対して専務が
「今度は経理ですか。営業がやれなくなった仕事を他の部署がカバーするっておかしくないでしょうか」
「もともと営業部の仕事なんですから、やっぱり営業部がやらないといけませんよ。こういうやり方を続けていると、あちこちの部門からうちはブラック企業だなんて言われてしまいます」
と言っています。
それに対して社長は
「現状維持バイアス」に囚われるな。
今は非常事態なのだからそんなことを言っている場合ではない。
全ての社員総出でやるべきだ。
と専務を叱ります。
この記事の筆者は「経営コンサルタント」だそうですが、日本ではコンサルタントと呼ばれる人間からしてこういう考えなのが恐ろしいです。
そしてこの筆者、「現状維持バイアス」というよく意味の分からないカタカナ言葉を毎回使います。
よほど気に入っているのでしょうね。
簡単に言うと、現状維持に固執するなとい言いたいのだと思います。
確かに何かを打開するために今までの習慣に囚われないで行動するというのは時によっては必要なことでしょう。
しかし、「非常事態」を言い訳に、日本の古くからの悪習慣である「職務無限定」な方法に固執しているこの社長こそ「現状維持バイアス」に囚われているのです。
給料以上の働きを求められる日本のサラリーマン
また、最初の記事では「階層」を認識することが問題の解決になると書かれていますが、これも日本の社会の問題を的確に表現しています。
それぞれの社員はそれぞれの職務(役割)が会社から割り当てられていて、その職務を行うことが社員の仕事です。
そしてその仕事の責任の大きさや複雑さに応じて給料が決められています。
日本では階層が認識されていないから、なぜか安い給料しかもらっていない平社員が「経営者の目線をもって仕事をしろ」などと意味の分からないことを言われるのです。
経営者の目線で仕事をするのは経営者や役職者「だけ」の仕事です。
それがその人達に期待される仕事ですし、それに応じた給料をもらっているのだから当然のことです。
平社員の職務は「経営者の立場に立って考える」ことなのではなく、それぞれの管理者から与えられた仕事をこなすのが職務です。
この記事を書きながら、「なぜ、こんな当然のことを書いているのだろう?」とふと思ってしまいましたが、その「当然のこと」が出来ていないのが今の日本の会社なのです。
上で紹介した、「会社を立て直すために、社員総出で当たれ」と言う、「職務無限定」を地で行くような提案をしている「経営コンサルタント」の話に興味のある方は以下の記事をどうぞ。
私はこんなコンサルタントを雇う会社では絶対に働きたくないですね(笑)