サビ残前提で「究極の便利」を追い求める社会の次の犠牲者は?

以前の私の記事「ヨドバシエクストリームサービスから見る究極の便利社会とその弊害」において「人間の便利さに対する欲求にはキリがない」と言いました。

しかし、最近話題になっているヤマト運輸のニュースを見る限り、欲求にはキリがなくてもその欲求を満たすためにサービスを供給しているほうはもう限界に来ているようです。

ヤマト、「豊作貧乏」改善狙う 27年ぶり運賃値上げへ:朝日新聞デジタル

宅配ドライバーの長時間労働が問題となっているヤマト運輸が、運賃全体の値上げに乗り出す。個人の送り主にとっては27年ぶりの値上げになる見通しだ。値上げによる増収分で働き手の待遇改善を進めなければ、配送網を維持できないと判断した。便利さを追求してきた宅配便サービスは曲がり角を迎えている。

ヤマト、宅配運賃値上げへ ネット通販「無料」見直しも

~(中略)~

ヤマトが扱う宅配便の個数はこの5年間で3割伸びた。ネット通販の普及で運賃の安い小型の荷物が増え、1個あたりの収入は減っている。「『豊作貧乏』だ」(幹部)と危機感を強めるなかで、宅配ドライバーの長時間労働が社会問題化。労働組合から今年の春闘で初めて荷物量の抑制も要求され、値上げの「好機」だと判断した模様だ。

一方、ヤマトは昨夏に横浜北労働基準監督署から残業代未払いがあったとして是正勧告を受け、全社的な調査に乗り出してもいる。未払い分は数百億円規模になる可能性があり、全額を支給する方針だ。

上の引用文中にある、「ネット通販の普及で運賃の安い小型の荷物」の大半はアマゾンのものでしょう。

そのアマゾンでは今まで無料だった送料が今では合計額が2000円以上の場合のみ送料無料になりましたが、それで文句を言っている消費者は多いと思います。

しかし、消費者が「もっと安く、もっと便利に」を求め続け、それに企業が応えようとしてきた一つの結果が今回のヤマトのケースです。

送料が無料(または格安)なのに日付指定や時間指定を求め、届くまでの時間もできるだけ短くして欲しいという客の要望に応え続け、運送会社が適切な人数の人員を配置しなければ余程の流通革命でもない限りそのサービスを維持するために働いている人達にしわ寄せがくるのは当然のことです。

そして、誰かの犠牲のもとに成り立っているサービスなど長続きするはずがないのです。

外国では非常識な日本の過剰サービス

ところで、よく海外に行った人がその国の郵便事情がいかにひどいかと言う話をしていますが、世界のほとんどの国ではそれが普通であり、日本が異常なのです。

ちなみに私が住んでいるオーストラリアでも郵便事情は似たり寄ったりです。

オンラインショッピングなどでは送料は別に取られるのが当たり前ですし、無料になることもありますがそういうときは、「100ドル(約9000円)以上買ったら無料」などという条件付きであることがほとんどです。

それと比べたら現在の日本のアマゾンのようにたった2000円以上の買い物で送料を無料にしてくれるなど太っ腹もいいところです。

外国では日本の条件でも寛容なくらいなのに、日本国内ではそれまで無料であったことへの感謝も忘れ、数百円取られるようになったり2000円以上でないと無料にならないと言われて文句を言うのですから、一度便利になったものを元に戻すのはとても大変であり、そして人間の欲は本当にキリがないということが分かるでしょう。

ところで、ヤマト運輸では27年ぶりに値上げするそうですが、オーストラリアの郵便業務を請け負っている会社のオーストラリアポストはここ20年で見るとほぼ2年毎に定期的に値上げしてます。

私がオーストラリアに来た2002年は手紙は45セント(約40円)でしたが、今は1ドル(約90円)です。

14年で倍以上の値上げです。

そしてそのサービスは相変わらずいい加減な上に、去年の値上げ時からは配達にかかる日数も大幅に増加することになりました。

「値上げして遅くなるとはどういうことなのか」と文句も言いたくなります。

こんな状況では時間指定など夢のまた夢です。

ただ、もっと早く届けたい場合は追加で50セントほど払って「優先郵便」にすると場所によって1~2日程度届くのが早くなります。

もっと早く届けたい場合はその何倍もの料金を支払って速達にするしかありません。

結局、安い料金しか払わないのならば適当で遅いサービスが当たり前で、良いサービスを受けたかったら高い料金を払うのが当たり前ということです。

再配達は不在通知を無視して放っておけば2週間後くらいにやってくれるかもしれませんが、日にち指定など当然のごとくできませんから、いつ配達に来るのか全く分かりません。

放置しておいたらまた不在の時に来る可能性が高いので、オーストラリアでは不在通知を受け取ったら多くの人は自分で郵便局に取りに行きます。

仕事などで昼間に家を空けている人は郵便局が開いている時間に取りに行くことは出来ないので、宛先を職場にしている人も結構います。

このように、オーストラリアの郵便サービスの質は日本と比べたら月とスッポンなわけですが、オーストラリアポストは少なくとも従業員の給料を適切なレベルに維持するために値上げを定期的にし、従業員を違法な低賃金で無理矢理働かせようとすることはしません。

あ、ちなみに、オーストラリアポストは民間企業なので働いている人は公務員ではありません。

「お客様のために」と言って料金を極端に安くし、そのしわ寄せを従業員に回すような日本の企業などより余程良心的です。

そう考えるとオーストラリアでの毎回の値上げも仕方がないと思えるようになるわけです。

低コストを追求して犠牲になるもの

前述した通り、安い料金で時間指定、日にち指定、夜でも再配達してくれる日本の運送サービスは本当にすごいですし、こんなに便利で時間に正確なサービスがあるのは世界広しと言えども恐らく日本だけです。

日本人はそれが普通だと思っているでしょうが、一歩日本の外に出た世界では異常とも言える行き過ぎたサービスなのです。

ちなみに、日本では安いのに良いサービスが求められているものは他にもたくさんあります。

例えば日本ではコンビニの店員にまで丁寧な対応を求めます。

客はもちろんのこと、店や会社側も安い給料しか貰っていないアルバイトに「お客様は神様」的な対応をすることを求めます。

良い対応を店員にさせたかったら従業員にそれなりのトレーニングを提供し、それなりの賃金を払うのがスジですし、それに対応して売っているものに料金を上乗せするのは当然のことです。

ヤマトでは数百億円もの賃金の不払いがあったとのことですが、日本の素晴らしいサービスなどというものはそのほとんどが企業の労働者に対する甘えと、「社会人なのだから少しくらいの理不尽は受け入れないと」などと言ってそれを受け入れてしまう労働者の社畜的自己犠牲精神によって成り立っているのです。

労働者に甘えて利益を出そうとする企業も企業ですが、それを受け入れる労働者も労働者で救いようがありません。

サビ残は企業の甘え

日本では有給を取ろうとする社員に対して「権利の前に義務を果たせ」などという言葉を言う人がいるようですが、これはまさに日本の会社側に当てはまることです。

ほとんどの日本の労働者はその過剰な自己犠牲精神、社畜精神によって労働の義務は必要以上に果たしていると断言できます。

むしろ雇用者にサービスし過ぎなくらいです。

そして、そんな労働者に甘えて、「もっと会社のために働け」という権利ばかりを主張し、賃金を支払う義務を果たしていないのは会社側なのです。

小企業から大企業に至るまでこのような労働者に対する「企業の甘え」で成り立っている社会は世界でも日本くらいなものです。

そしてそんなブラック企業を政府も後押ししています。

「月100時間」で労使が最終調整 残業上限規制:朝日新聞デジタル

 政府が導入をめざす「残業時間の上限規制」をめぐり、経団連と連合が、焦点となっている「とくに忙しい時期」の上限ラインについて「月最大100時間」とする方向で最終調整に入った。5年後に上限の引き下げを含めた見直しをすることを前提に、近く合意する見通しだ。

ただ、この上限について連合は「100時間未満」、経団連は「100時間」とするよう主張。この点について詰めの調整が続いている。

政府が自ら「過労死ライン」と定めた80時間以上の労働を堂々と法律で許可するなど本当に「日本、馬鹿じゃないの?」と言いたくなります。

100時間だろうと、100時間未満だろうと労働者にとっては全く変わりません。

「100時間未満」にするか「100時間」にするかで揉めている政府は労働者の立場からは程遠いところにいるのは間違いありません。

それに、「特に忙しい時期」などという曖昧な基準ならばどの会社も「今は特に忙しい」から残業してと言うのは誰の目にも明らかですし、これでは今までとなんら変わりはありません。

今までも三六協定などという抜け穴を使って散々労働者を使い捨てにしてきたブラック企業がこの条件を新しい抜け穴として使わないと考えるほうがおかしいのです。

こんなことで「労働時間を規制をします」などと言っている日本は本当に終わっています。

社畜労働者がいるおかげで成り立っている多くのブラック企業は、このような奴隷制度が堂々と合法とされている日本の社会と社畜労働者に感謝するべきでしょう。

次の犠牲者は?

最後にもう一つ記事を紹介します。

元社員「ヤマトは“サビ残”前提の会社だ」:日経ビジネスオンライン

 何度、この言葉を口にしてきたのだろうか。Kさんはサービス残業を略して「サビ残」と呼ぶ。

「ヤマトはサビ残を前提としたビジネスモデル。特に3年前にアマゾンの荷物を扱い始めてから現場では3割ほど荷物が増えたのに人が増えず、労働負荷が激しくなった」

Kさんは「朝8時半から夜9時まで荷物を運びっぱなしで、休憩をとれず、昼ご飯を食べる時間もない。仕事が終わらず夜9時以降に宅配したこともある。会社は社員を『人財』と呼ぶが、『奴隷』のようだった」と振り返る。

現役の社員もこう証言する。「以前は支店の中で夜9時までの遅番担当は1~2人だった。しかし、アマゾンの影響で3便と呼ぶ夕方の荷受け量が急増した。これを運ぶために夜9時まで支店全員が荷物を運ぶような状況になっている」。

少し話が脱線しますが、社員を「人材」ではなく「人財」だなどと言っている会社にはロクなのがありません。

私が昔勤めていた日本のブラック企業の社長も全く同じことを言っていました。

こういう会社は社員のことを「財産を会社に運んでくるから人財」くらいにしか考えていないでしょう。

今就職活動をしている人がいたらこの言葉には気をつけたほうがいいでしょう。

今までひたすら便利さと安さを追い求めてきたものの、サービスを供給する側の人間はみんな疲弊し、限界が近づいているのは今回のヤマトの例を見ても明らかです。

日本人も不便になったり有料になったりしたサービスに文句を言うのではなく、今まで安くて素晴らしいサービスを受けられていたことに感謝し、外国ではもっと悪いサービスが普通であり日本のそれが異常であったことを知り、「より持続可能で、誰かが犠牲になること無く、みんなが幸せになる」常識的なレベルのサービスを受け入れていくべきです。

どんなに便利になってもそれで犠牲になっている人がいることを忘れてはなりません。

そしてこの、「便利さを限界まで追求する社会」の次の犠牲者があなたの家族や、あなたの大切な人、またはあなた自身になる可能性があるかもしれないことも忘れてはなりません。

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かわずん
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アンチ・ブラック企業ブロガー